明治期

今でこそ福祉政策や事業に関する国民の関心は高いと言えますが、そもそも我が国における福祉の歴史をご存じという方は少ないのではないでしょうか。
ここでは、我が国における福祉の歴史、その中でも明治期における福祉のあゆみについてご説明したいと思います。

公的救済制度の創設

明治時代と言えば、幕末が終わり異国から様々な文化が入り込んできた時期でもあり、日本という国が大きく変化を見せ始めた時代でもあります。

当時の日本は海外の列強に肩を並べようと躍起になっており、富国強兵策や殖産興業を強く推し進めていました。
その結果、農村から大勢の人口が流出してしまい、また工場施設で働く人も大幅に増え、それが原因で貧しい都市下層社会が出来上がってしまったのです。

こうした下層社会で生活する人々を救済するべく誕生したのが「恤救規則」と呼ばれるもので、明治七年に公的救済制度として誕生しました。
この救済制度は我が国で初となる全国統一しての救済制度で、昭和七年に救護法が制定されるまで救貧制度の代表として存在しましたが、実際にはその対象は非常に限られていたのも事実です。

その後、宗教家や篤志家による救済活動が積極的に行われるようになり、全国的な連絡組織の必要性が叫ばれ、日本慈善同盟会が設立、その後中央慈善協会に改められました。

中央慈善協会の誕生

明治時代には様々な活動家によって福祉の必要性が叫ばれ、上述したように全国的な連絡組織の必要性も叫ばれるようになりました。
そうした流れから設立されかけていた中央慈善協会ですが、日露戦争が勃発したことにより協会設立が一時困難となってしまいます。

しかし、日露戦争が終了後、更なる救済活動の必要性が叫ばれるようになり、救済活動の活発化をはじめ協会の設立準備も進められていきました。

明治41年には東京都麹町に存在した国学院講堂において、中央慈善協会の発会式が催されました。
この中央慈善協会の初代会長となったのが渋沢栄一で、この発会式において協会設立趣意書が発表される流れとなりました。

このように、我が国の福祉の原点は明治時代にあると言っても過言ではありません。
様々な活動家が救済活動の必要性を説き、実際に行動を起こしてきたからこそ現在の福祉の形があるのは紛れもない事実と言えるでしょう。

我が国の福祉の歴史は明治時代から始まったのです。

日本における福祉の歴史を知る上で、明治時代での様々な動きを知ることは非常に重要と言えるのではないでしょうか。
福祉に興味がある方や、福祉についてもっと詳しく知ってみたい、という方はその歴史を紐解くためにも、まず明治時代の福祉について色々と調べてみると良いかもしれません。

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