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昭和後期

昭和の後期

福祉について知るにはまず福祉の歴史を知る必要があります。
ここまでは昭和前期までの福祉、救済の歴史を紐解いてきましたが、ここでは昭和後期における福祉のあゆみをご説明していきたいと思います。
昭和後期における福祉のあゆみはやや複雑ですが、できるだけ分かり易くご説明していきますから最後まで目を通してみてください。

社会福祉事業法の成立

太平洋戦争が終結した昭和後期ですが、その傷跡は深く残ることになりました。
幾度にも渡る空襲により焼野原と化した各地域の復興、戦災孤児をはじめとする子供たちの保護が最大の課題として浮かび上がります。

昭和22年には児童福祉法が制定され、後の福祉諸法のさきがけとして機能するようになりました。
児童相談所のような相談施設が設置され、児童福祉施設も各地に設置されるようになります。
また、昭和26年になると社会福祉事業法が成立します。

この社会福祉事業法は、現在の様々な福祉制度の基本と言われています。
今日の福祉制度の多くはこの社会福祉事業法を基に作られており、それを考えるとこの法案が制定されたのは福祉のあゆみにおいて非常に重要な意味を持つと言えます。

また、昭和後期には身体障害者福祉法、生活保護法、精神薄弱者福祉法、老人福祉法、母子福祉法なども制定され、福祉6法体制が整ったのです。

中央社会福祉協議会の誕生

戦後の混乱の中、社会福祉団体再編に向けての動きも急速になり、政府も対応に追われることになります。
これはGHQの要請があったことも大きな要因として挙げられるでしょう。
そのため、日本全国から市町村段階まで一貫した振興連絡機関の設置が検討されるようになります。

これが現在の社会福祉協議会です。
その後、日本社会事業協会と同胞援護会、全日本民生委員連盟といった三団体が統合し、新たな組織となるべくあゆみ始めます。

昭和26年にはこの三つの団体がベースとなり中央社会福祉協議会が誕生しました。
この時期は最も福祉制度の制定や福祉政策が急速に行われ、現在の福祉の基盤となりました。

また、戦後において困窮した我が国を救うべく全米で組織された支援団体「ララ」は、食料や衣料品といった支援物資を日本に送り、窮状を救いました。
この時期の民間社会福祉施設は極めて厳しい経営状態に置かれていましたが、それを救ったのがかつて我が国と大戦で争った米国なのです。

昭和後期における福祉のあゆみについてご説明してきましたが、如何だったでしょうか。
戦後の我が国は前述したように大戦の傷跡もあり、福祉政策を進めようにもなかなか進まない時期もありました。
しかし、それでも志の高い人々のおかげで現在の福祉制度の基盤となる制度も誕生し、現在に至っているのです。

Categories: 福祉の歴史