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昭和後期Ⅱ

昭和の後半バブルだった

ここでは昭和30年以降の福祉のあゆみについて記述していきたいと思います。
この時期になると、日本は戦後の傷跡も相当癒え、高度経済成長期へと入ろうとします。
東京オリンピックの開催を機に日本は完全に戦禍から復興したという意識が国民の間にも広がり、急速な高度経済成長の様相を見せ始めるのです。

福祉ニーズの拡大

東京オリンピックが開催され、日本は戦争による戦禍からもすっかり復興しました。
その後高度経済成長期に入った我が国では、産業形態や就労形態、また家族の形態にも様々な変化が見られるようになります。

こうした様々な要因が複雑に絡み合い、福祉へのニーズも急速に拡大していったのです。
しかし、昭和48年になるとオイルショックが起こり、日本経済に大きな影を落とします。
戦後最大とも言われる不況の波は一般家庭にも当然のごとく押し寄せ、国民生活にも大きな影響を与えたのです。

政府も財政難に陥り、福祉関係予算を確保することが困難となり、福祉施設の運営費などを国庫負担引き下げとする動きを見せます。
しかし、こうした政府の動きに対して全社協は全国から福祉の専門家、関係者を集めこれまで以上の福祉サービスの充実、従事者の生活保護を目的とし様々な運動を展開していきます。

緊急集会を開催したり、社会福祉予算対策運動などを精力的に行っていったのです。

国際的な活動も視野に

オイルショックによって高度経済成長期にあった日本は大きな打撃を受けました。
一般家庭はもちろん、日本国そのものが大きな打撃を受けたのです。
それにより、これまで順調に進められていた福祉サービスの品質向上や新たな制度制定は頓挫し、あゆみのスピードも落ちてしまいました。

しかし、それでも福祉に携わる多くの有志が協力しあい、様々な運動を展開することで状況は段々と変わっていきます。
昭和50年以降になると全国地域福祉研究会議を開催したり、在宅福祉サービスの在り方に関する研究委員会などを精力的に設置します。

また、インドシナ紛争によって大量に発生したカンボジア難民への現地救援活動に乗り出した全社協は、厳しい状況の中で様々な活動を行い、世界中から高い評価を得ました。
それ以外にも、中国帰国者の支援をするため日本語研修を開催したり、救援募金活動など、日本だけでなく世界に目を向けた福祉活動にも着手し始めていくようになります。

高度経済成長期にありながらも、オイルショックによって再び暗黒の時代に入ってしまった日本ですが、様々な有志による活動によって福祉は発展を見せました。
全社協による国内での活動はもとより、海外に目を向けた活動もこの時期の福祉のあゆみとして決して外してはならないものと言えるでしょう。

Categories: 福祉の歴史